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【カクヨム・作家インタビュー企画】 VS 鏡貴也先生

 

【カクヨム・作家インタビュー企画とは】

WEB小説投稿サイトという場所で小説を書いてみたいと思う人へと向けて、第一線で活躍する作家にインタビューを行い、どういうきっかけで小説を書き始めたのか、今現在はどのようなスタイルで執筆をしているのか、WEB小説というものに対してどのような思いを抱いているのか、などを語っていただきました。

 

今回お話を伺ったのは、ファンタジア文庫で『伝説の勇者の伝説』『いつか天魔の黒ウサギ』を執筆、またジャンプスクエア誌で『終わりのセラフ』(漫画原作)を手がけていらっしゃる鏡貴也先生です。小説、漫画原作、ゲームシナリオなど、多方面で活躍する鏡先生の原点、そしてWeb小説というジャンルをどのように見ていらっしゃるのか、たっぷりと話していただいてます。

 

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──まずは小説を書こうと思ったきっかけを教えてください。

 

鏡貴也(以下:鏡):地上げに巻き込まれて、自由に動けず家に閉じ込められてしまった時期があったんですよ。これは何か家に閉じこもってできる仕事を見つけないといけないぞ、ぐらいの状況で。

そんな環境でふとTVを見ていたら、シャ乱Qの歌が流れてきて。なんだこれ? って見ていたら始まったオープニングが凄い格好良くて驚いたんですよね。『魔術士オーフェン』のアニメだったわけですけど。

ただ、そのまま本編を見た記憶はなくて、あのオープニングテーマソング格好良かったな~ってだけで、原作を買って読んでみたんです。それで面白かった。巻末に富士見書房って書いてあるのを見て、作家という仕事に興味を持ったんですよね。

どうすれば作家になれるのか考えて、公募ガイドを買ったんですよ。

 

──当時は、新人賞をWebからメールで応募という時代ではなかったですよね。

 

鏡:確か1月だったと思うんですけど、ファミ通、電撃、スニーカー、富士見の新人賞が載っていたんですけど、締め切りが1月、3月、5月、8月だったかな。さすがに1月は無理だとファミ通は諦めたんですけど、まずは書いて、書いたら必ず送る。そういうルールを自分に課して1作書いてみたんですが、これがとんでもなく下手なものが出来上がっちゃった。まあでも選考する側はその道のプロじゃないですか。何かしらの煌きがあれば採用してくれるんじゃないかなって(笑)。だから送りました。それで2作目は、図書館なども利用して色々と調べながら書いてみようと思ったんですけど、やっぱり自分でみてひどいなって思うものが出来上がってしまった。それでも送りました。そして3作目も書き始めたわけですが、1作仕上げるごとに、見直して反省をするというのは必ず行っていて、もっと自分を出さなきゃ駄目だなって思ったんですよ。女の子が主人公の一人称という形を選んだのですが、自分の言葉で書くということをかなり意識したんですよね。それで公募ガイドに載っていた最後の締め切りだった富士見書房へと送って。そこで小説家になることを辞めました。

 

──活動終了ですか?

 

鏡:最後の作品を送った8月って、最初に作品を送った電撃の結果が出た時期でもあったんですよね。落ちてました。これは才能ないな、や~めたっと。何か違う仕事も探さないとなって感じで。と言いながら、僕の中で最初のきっかけが富士見書房だったというのがあったから、富士見書房に送ったやつは受かるんじゃないかなんて気持ちもあったんですよね、何故か。それでも小説を書くのは辞めてしまった。そうしたら、翌年の7月だったかな、富士見書房から受かりましたって電話がかかってきちゃって。初代担当になる方だったんですけど、もの凄い愛想の悪い電話で、この人が担当だけは嫌だなって思ったのをよく覚えてます(笑)。あとは、本当にまったく小説書いてなかったので、どうすればいいですかって聞いたら、「授賞式までだらだらしてていいよ」て言われて「え、そんなんでいいんですか?」って返したのもよく覚えてるなあ。

 

──鏡さん何歳の出来事だったのでしょうか。

 

鏡:20歳だったかな。いや、まだ19歳だったかも。

 

──『魔術士オーフェン』との出会いがきっかけだったということですが、それ以前にたくさん小説を読んだりはしていたのですか?

 

鏡:作家で、自分は他の作家と比べて読書家だったと胸を張って言える人はいないと思うので、言うほどは読んでなかったと答えていいですか?(笑) でも小学生のころは時代小説や戦記も好きで、『剣客商売』とか池波正太郎作品や藤沢周平作品とか。山岡荘八先生の織田信長とかも好きだったし、時代劇あるいは戦記ものをそれなりに読んでいたのは、ライトノベルを書く上で影響は受けてるのかなとも思います。

 

──自作に取り入れていた部分はあるという感じでしょうか。

 

鏡:『伝説の勇者の伝説(以下:伝勇伝)』はメインコンセプトに親子ものという部分もあるんですが、アイデンティティの作り方っていうのかな、伝勇伝を作る際において『剣客商売』の秋山小兵衛と大治郎の関係などに思うところはちょっとだけありましたね。(といっても父親が出てくるのは何巻も進んでからですが)ただ、自作に取り入れるというか、影響を受けるという意味では映画と漫画の存在が大きいですね。特に映画は中学・高校の時代だけでも4000本は観ているぐらい好きなので。ゴッドファーザーなんかは映画版・小説版のどちらも好きで、過去の企画で影響を受けた本を聞かれた時にも答えたりしていますね。

 

──ジャンルとしての好みはありましたか?

 

鏡:映画はオールジャンルです。とにかく大量に見たので。あとは本当に、幼稚園ぐらいのころから、戦隊ヒーローものとともに、時代劇は好きでした。『大岡越前』とかTVドラマもよく見ていました。刑事ドラマとかも好きでしたよ。後はホラー小説かな。漫画は面白ければなんでもだったかなあ。『美味しんぼ』とか60巻を60回は読み返したんじゃないかな(笑)。『シティーハンター』も何十回も読んだし、『ジョジョ』や『寄生獣』も、小学校の低学年の頃から読んで、何度も何度も読みました。そんな風に好きな漫画は何度も読み返すんですけど、一度読んだ小説って読み返したことはないかもしれない。何でだろう、不思議ですね。

 

──意外ですね。

 

鏡:あ、ごめんなさい嘘つきました。小学生の時好きだったと言った織田信長の本、4回ぐらい読み返してました。ゴッドファーザーも。全然うそついてるや(笑)

 

──小説の作り方についてお聞きします。新作や新シリーズをはじめる際に、プロットは作りますか?

 

鏡:まずやりたいことがあって、それに対してのプロトタイプのようなものを何回か書きます。やりたいことが一番映える主人公は誰だろうという風に書いていって、その主人公がどんな風に生まれ、何を感じ、どう生きようとしているのか。そういったものがメイン軸として出来上がってきます。そうしたら同じ世界観の中で、どのように生きるのかをしっかりと抱えているキャラクターを何人か主人公の周りに用意する。それで出来上がってくるものがプロット……なんでしょうけど、結果として無視することは多いですね。キャラクターたちが自然と盛り上がっていく方向、発するその言葉に嘘がないことを大事にしていると、キャラクターたちが本当の世界を作り始めるので。帰結点、最終的にこうなるだろうという部分や時代背景などは上手いこと器用に着地できたりもするのですが、最初に頭の中で出来上がったプロットって言ってしまえば、作者の自慰行為みたいなものなんですよね。そのプロット通りに書くことにこだわってしまうと、キャラクターの言葉が嘘くさくなったり、立ち居地そのものを変える必要が出来てしまったりする。そういう意味ではがっちりプロットを組んで書いた時ほど書くスピードが遅くなって難航したりしますね。これは自分の会社でも、それ以外の場所でもよく言っていることなんですけど「人が、人に届ける、人の物語」しか人は興味がないと思っているんですよね。人間が書ければ興味を持ってもらえないことはない、とも思っています。

 

──凄く深い、良い言葉ですね。

 

鏡:そういう意味では、媚びすぎる必要もないとも思っています。人間を書くということは、読み手が人間であるという気持ちにもつながっているので。受け手が許容範囲外なものを書いている時点で、それは人間が書けていないんですよね。人を書く。それを人が受け止める。そこに対して真摯に向き合っているだけで、それは読み手を意識してその好みに合わせるといったものとは違うものなんですよね。ただ、僕はライトノベル業界では異端だろうなあとも思ってるんですが。

 

──異端、ですか?

 

鏡:といいますか、人を人として書かないことに特化させたライトノベルが、実はけっこうたくさんあるという話ですね。僕はそれに対してあまり興味がなかった。僕自身が寂しがり屋だからだと思います。人を書くことで人とつながりたい思いがある。ガジェットでもジャンルでもなくて人を書きたい。人しか書きたくない。ガジェットよりも人しか書きたくないみたいなのって、ジャンル小説ではちょっとわがままというか、異端だった気がします。若かった!(笑)

 

──その人間を輝かせるための苦難であり設定であり装置なのであって、装置そのものを描きたいわけではないということでしょうか。

 

鏡:今回のテーマがWeb小説ということで思うのが『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』という作品ですね。タイトルの時点で受けているのがわかるわけですが、これっておそらく転生の部分は重要じゃないんですよね。無職が何とかして立ち上がる物語。これは利きますよ。上手いですよね。選んだ魅せ方としてファンタジー世界に転生というのはあるのでしょうけど、無職が立ち上がるという物語を読み手に届けたいという情熱が、著者にはあるんじゃないかと思う。それはマーケティングだけは届かない槍みたいなもので、そういうことなんだと思います。人が人に届ける想いみたいなものが繋がるというか。僕が書く小説も、結局は僕が欲しいものが書かれていると思うんです。世界にそうあって欲しいという想いみたいな。それは僕が読みたい小説という意味とは少し違っていて、だから僕の書く小説は、僕が望む人とのつながり方みたいなことが書いてあるんだと思います。

 

──小説を書いている時の孤独、という要素もありそうですね。

 

鏡:それはあるかもしれないですね。

 

──小説を離れたところでの趣味などはありますか。

 

鏡:それ、実はよく考えるんですよ。色々な趣味を持ってみるんですけど、どうも僕の中にある素質で比較してみて、物語を作るってことが一番上手いらしい。他人と比較してどうこうという意味ではなく、他のことではそこまで楽しめないんですよね。自転車や自動車を買って乗ってみるとか、飲み会で友達とわいわいやったりとか、そういった趣味が物語を作るよりも楽しいかと問われてしまうと、疑問に感じてしまう自分がいる。締め切りは辛い、仕事はしたくない、もう引退したい。そんなことを毎日のように言うんですけどね。でもそんな辛いのに締め切りたくさん入れてるのは自分で、好きだからそうしてるんじゃないかって。他にそんな風に頑張れている趣味って一つもないわけで、つまりこれは小説を書く、物語を作ることがもう趣味なんじゃないかって。趣味の最高峰ですよね。「好きこそ物の上手なれ」でないと生きていけない業界だとも思いますし。あ、でも映画は今でもたくさん観ているので、映画が趣味ってことでお願いします。

 

──でも、その映画鑑賞から自分の創作に取り入れてしまうことはある?

 

鏡:映画を観たら物語を作りたくなりますよね。すげーまじかよこれ、僕がやりたかったことだよ! みたいな(笑)。

 

──Web小説投稿サイトというものが、鏡さんのデビュー前に存在していたら書いていたと思いますか?

 

鏡:Web小説という意味では、僕がデビューした前後にもブームになったことはありましたよ。『いま、会いにゆきます』とか『Deep Love』とか。

 

──いわゆる携帯小説ブームですね。

 

鏡:携帯小説も流行りましたけど、それだけでなく個人が作ったホームページ上で発表する小説というのがかなりあって。それを僕たちはWeb小説と呼んでいたんですが、それらに対していい感情を持っていないライトノベル作家さんはけっこうな数いましたよ。それはもしかしたら一般文芸の作家さんが、ライトノベルブームの時にライトノベル作家さんに対して抱いていた感情と似てるかもしれないですね。僕なんかは、ドラゴンマガジンの存在を知らないままドラゴンマガジンでの連載が決定したような人間で、デビュー時のコメントも「漫画と戦える小説が書きたい」だったくらいですから、割と面白ければ何でもいいじゃん派で、Web小説受けてると聞いたときも、そういう人との繋がり方もあるんだーやってみたいなーと思ったんですが(笑)でもジャンルが確立されていたりすると、どうしても何というか、新しいものや形が違うものに対する悪印象というものは出てきてしまうんだと思います。

 

──現在のWeb小説に対する印象はどうですか。

 

鏡:そういった変遷から見るなら成熟してきているなと思います。個人のホームページで盛り上がっていた環境とは明らかに違いますよね。時代そのものがネット時代になったというのもあるのかな。YouTubeは見るけどTVは見ないなんて声がよく聞こえるようになってきて、それと同じ流れなんだと思います。成熟と言いましたけど、形としてはむしろこれからなんじゃないですかね。

 

──小説における新しい選択肢の一つという感じでしょうか。

 

鏡:そうなると思います。無料で始まって応援したい人が本を買うという仕組みも非常にクリーンですよね。僕は先ほど言ったように公募ガイド買って、順番に投稿してその結果を待ってという、応募をして受賞したらプロになれるんだ! というワクワク感の経験者ですから、その感覚が低くなってしまうのは少し寂しいという思いもありますけどね。とはいえ、賞からデビューしたプロ作家という立場として言えることとしては、受賞=プロでもないんですよね。その作品が読者から愛されて支持してもらえてはじめてプロなんですよね。僕は、龍皇杯という読者による人気投票企画で1位をもらえた。『終わりのセラフ』では読者アンケート1位発進をすることができた。僕が自分をプロとして活躍できていると言っていいのであれば、そういう結果があってであって、受賞=プロとしての活躍の約束ではなかった。だから、今のWeb小説の形を、誰でもエントリーできる龍皇杯がはじめから存在するようなものだと考えれば、これはなかなか敷居が低くて素晴らしいなと思います。僕もデビュー前だったらやっていたと思いますよ、WEB小説。

 

──昔は、小説を書いて読んでもらうこと自体のハードルの高さがあって、Web小説がそのハードルを下げてくれた側面もあると思うのですが、いかがでしょうか。

 

鏡:そうですね。凄い下手なのに、でも面白いじゃんって人気を獲得して出てきてしまうなんて良さもあると思うんですよ。少し前の時代だと、自費出版も同じ流れだったんじゃないかな。自費出版出身でベストセラー作家になった方もいますが、担当編集がいてプロの校正が入ってでデビューした作家と比較して、自費出版出身は下手だ。そういう声はあった。でも面白かったから売れた。そうして経験を積んでいくうちに上手い下手での差はなくなっていく。そういったことがよりイージーに起こりうるのがWeb小説なんじゃないでしょうか。

 

──上手いと面白いが別の軸になっていく流れという感じでしょうか。

 

鏡:ただ、選別されていないことでの不利もあると思います。人気のあるカラーが固定化してしまった時に、脱却しづらいんじゃないかなあ。どうしても人気が出るとジャンルとしてみんながそれを真似してしまうわけで、出版社の新人賞なんかは、そういったものを選別する役目を持っていたと思うんですよ。というのも、僕は富士見書房に送った女の子の一人称作品が受賞したわけですけど、実は僕の時代って女の子の一人称という時点で落とされる時代だったらしいんですよね。あまりにも偉大な、女の子一人称作品が大ヒットしていましたから。

 

──『スレイヤーズ』ですか。

 

鏡:当時の富士見書房には、『スレイヤーズ』にはなれない縮小再生産とでもいうような作品の応募が本当に多かったらしくて。僕が受賞できたのは、面白さや文章力などを評価してもらえたという部分もあるのかもしれないですけど、こいつ絶対スレイヤーズ読んだことねえなって即座に思われるほどに違うものだった、というのもあるみたいです(笑)。そういう選別というかフィルターですね、それがないことへの不安はあると思います。でも、読者の多様なコンテンツを見たいという欲求は変わらないだろうから、Web小説でもある日突然違うカラーが飛び出てきて……みたいにはなるのかな。それは凄い面白いことですよね。

 

──Web小説投稿サイトも数が増えてきて、サイトごとに個性が生まれる時代が来ているとも考えていますし、実はそれを目指している意図もあります。

 

鏡:それは非常に面白いですね。僕も書こうかな。バディもののホラーミステリーとか。Web小説、これからの未来がありそうですよね。楽しい時代にになりました。これはカクヨムという小説投稿サイトさんのインタビューということで、まずはカクヨムさん、期待しています!!

 

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[鏡貴也]

2000年に『武官弁護士エル・ウィン』で第12回ファンタジア長編小説大賞準入選を受賞しデビュー。その後『伝説の勇者の伝説』『いつか天魔の黒ウサギ』を執筆し、いずれもTVアニメ化を果たす。また、2012年からは漫画原作を手がける『終わりのセラフ』が連載開始。本作も2015年にTVアニメが放送された。

オフィシャルサイト「鏡貴也の健康生活」