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【カクヨム・作家インタビュー企画】 VS 入江君人先生

 

【カクヨム・作家インタビュー企画とは】

Web小説投稿サイトという場所で小説を書いてみたいと思う人へと向けて、第一線で活躍する作家にインタビューを行い、どういうきっかけで小説を書き始めたのか、今現在はどのようなスタイルで執筆をしているのか、Web小説というものに対してどのような思いを抱いているのか、などを語っていただきました。

 

今回お話を伺ったのは、2009年の「第21回ファンタジア大賞」大賞受賞作『神様のいない日曜日』でデビューされた、入江君人先生です。ご自身の創作についての話はもちろん、かねてより関心が高かったというWeb小説について、ストレートにお話しいただきました。

 

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──まずは小説を書こうと思ったきっかけを教えてください。

 

入江君人(以下:入江):23歳くらいのころでしょうか。当時僕は相当ちゃらんぽらんな生活を送っておりまして、将来設計などなく、むしろいかに人生を破壊するかみたいな行為にはまっていたんです。そのときにふと「小説を書く最後のチャンスかもしれない」と思って書き始めました。

 

──特別な理由やきっかけがあったわけではなくですか?

 

入江:そうですね。人生のなかでなにかが熟成されていって、当時はじけたという感じです。その部分に関しては再現性はないと思われます。じゃあなんでそんな人間でも小説がかけたかというと、やっぱり近所にあった図書館でひたすら本を読んでいた経験があったからでしょうね。

 

──少年時代からかなりの本を読んでいたということですか。

 

入江:今思えばそうですね。その図書館は当時としては珍しくライトノベルや漫画をたくさんそろえていたところで、一人で買い揃えるのはちょっと無理だなというシリーズや普通だったら小学生の目に入らないような古い本も読むことが出来ました。

 

──印象に残っている作品などはありますか。

 

入江:これは図書館ではなく友人宅でのことですが、そこで読んだ『ベルセルク』はかなり衝撃的でした。友人がゲームしてる横で読み続けて、帰る頃にはフラフラになっていました。あれのおかげで僕は物語の『毒』を知ったように思います。それ以降ですね、青年誌やライトノベル以外の小説を読むようになったのは。

 

──ライトノベルで影響を受けた作品を一つ挙げるとしたらどうですか。

 

入江:やはり『スレイヤーズ』でしょう。

 

──『神さまのいない日曜日』も女の子が主人公の作品ですね。

 

入江:そうですね、そこは影響というか似た部分かもしれません。ただアイが女の子になったのは作中のギミック的に父子よりも母子の生き別れがやりにくかったからという単純な理由だったりもします。

 

──はじめて書いた小説だったのでしょうか。

 

入江:完成させた長編という意味では1作目ですね。実は最初に書こうとした物語が別にあるのですが、そちらは原稿用紙で500枚を超えてしまって破綻してしまったのです。なのでまずは1作、完結させるために短編を書いて、それから『神さまのいない日曜日』を書き上げました。そういう意味では3作目になりますね。

 

──結果としてファンタジア大賞に応募されたわけですが、どんな理由だったのでしょうか。

 

入江:図書館で読んだライトノベルはファンタジア文庫が一番多かったんですよね。『魔術士オーフェン』や『フルメタル・パニック』や『封仙娘娘追宝録』がとても好きでした。ただ、電撃もスニーカーも好きだったので、応募するならその3つのどれかだなとは思っていました。その中でファンタジア大賞が締め切りのタイミングが一番よかったので取りあえず送りました。当時は次の作品も書き始めていたので、書き上がったタイミングで締め切りが近い賞に送ればいいだろう、と思って順次送っていました。

 

──ということは、他の作品を他の賞に投稿したりもしていた?

 

入江:当時のファンタジア大賞は選考期間が長くて、後に送った作品の結果が先に出たりなどもありました。逆にファンタジア大賞での受賞が決まったので、選考途中で辞退を申し出た賞もあります。

 

──もしかしたらダブル受賞なんて可能性もあったわけですね。

 

入江:どうなんでしょうね。そちらの話はメタフィクションでして、主人公が自分が描かれてる小説の原稿を破るというシーンを表現するために、実際に原稿用紙を破った状態で出版社に送ったりとかもしていたんで。今思えばレギュレーション違反だったんじゃないでしょうか。

 

──『神さまのいない日曜日』の執筆において影響を受けた作品などはありますか。

 

入江:ある映画を見ていて、その主人公とまわりの状況を真逆の世界の話を作れるんじゃないかなって思ったんです。それでいろいろと設定をこねくりまわしていたら世界観が生まれて、合わせて登場人物を配置して物語を作りました。そういう意味では、『神さまのいない日曜日』の世界観はミステリーのプロット的なやり方だったかもしれません。

 

──プロットという言葉が出ましたが、新作を書く際にプロットは作りますか。

 

入江:うーん、場合によりますね。プロットって基本的に『自分用の物語設計書』と『他人に見せる企画書』の二つがあると思うんですけど、後者は最近つくらないことも増えました。

 

──最近作らなくなった理由はあるのでしょうか。

 

入江:担当さんとの意思疎通が進んで、一言で通じることも多くなったからですね。『王女コクランと願いの悪魔』も、口頭で「これこれこんな話を考えてます」と言っていたら「じゃあそれ行きましょう」という感じでした。実際のところ、そうやって一言でおもしろいと思わせる話を広げていく形が理想だと思います。ただ、『自分用の物語設計書』は今でもかならず作っています。

 

──まだ小説を書いたことがないという人に向けての、プロットに関するアドバイスなどはありますか。

 

入江:最初はプロットなんか書かずに初期衝動のままに書き殴っちゃってもいいと思うんですが、それでも強いて言えば『書きたいシーン』をメモしておくことですかね。小説って書いているうちにぶれてしまったり、迷いが生じる事が多いので、そういったときに優先順位を確認できるようにしておくといいですよ。

 

──なるほど。入江さんの場合、シーンは映像で浮かぶものですか。それとも文字で?

 

入江:いろいろです。映像だったり、キャラクターの顔もないままになにかが進行していくところだったり、自分でもわけのわからない忘れかけた昨日の夢みたいなあやふやなものだったりします。

 

──これは個人的な印象なのですが、入江さんの作風としてミクロとマクロが直結しているという部分があると思います。そういった制作過程から生まれる作風なのかもしれませんね。

 

入江:僕、人間というちっぽけなミクロと壮大な宇宙的マクロは、それでも絶対につながっていると思っているんです。ですが、それは確信というほど強い思いでは無くて、そうあって欲しいという祈りに近いものなんです。人間というミクロの視点からみたマクロはあまりに広大で、なにかを確信することはとてもできませんから。実のところ、その部分は入江君人という作家の強みでもあれば弱みでもあります。たとえば『王女コクランと願いの悪魔』は現代の女子高を舞台に、現代風足長おじさんというような形でも書けたかもしれない。でもそういう風にはできないしやりたくない。入江君人という名前で書き続けることで、この名前で書く小説は『こういう物語』であるというようになっていく部分がどうしてもあった、読者がそれを求めていることも伝わってくる。それを苦しく感じた時期もありましたが、最近は開き直っています。

 

──ビルの立ち並ぶ中で見上げる空と、人の建てたものが何もない草原で見上げる空は同じ空だけど、違う空に見える。そんなことをふと思いました。

 

入江:同じ物を見て違う事を感じたり、違うものを見て同じ事を感じるというのは、きっと物語の最小単位なのでしょうね。いまの話で思い出しましたけど、シリアに旅行した時に見た夜明けは、ちょっと意味が分からないくらい記憶の中に残ってますね。そういう特別な思い出を、子供時代に当たり前だと思って過ごしてきた風景で漉してみたときに、ちょっとなつかしかったり変な匂いのする物語になったりするのかもしれません。

 

──海外旅行の話が出ましたが、趣味はありますか。

 

入江:今は釣りですね。これは随分昔、それこそ高校時代に部活にまで入ってやっていた趣味だったんですが、成人してからぱたっとやめていたんですよ。それがひょんなことから再開したら、ああいいなあっと。海外旅行は趣味というほどではないですね。親戚にメキシコ人がいたり、旅行関係の仕事していたりするので、その縁で海外には何度か行きましたが、僕自身はあんまりです。あとはもちろん読書ですね。漫画、小説はもちろんですが、ここ数年はネットの創作にどっぷり浸かっています。

 

──入江さんはWeb小説にも造詣が深いことで知られていますが、Web小説との出会いはどういった形だったのでしょうか。

 

入江:これは明確に橙乃ままれさんの『ログ・ホライズン』でした。『まおゆう』の次作品ということですぐに読みに行った覚えがあります。

 

──Web小説という世界に対する印象はどうでしたか。

 

入江:Web小説というか、この場合は『なろう小説』ということになるのですが、確かその時に『ログ・ホライズン』はランキング10位以下だったんですよね、それで「あれより面白いのが10もあるのか!?」 と驚いて一通り読んでみたんです。そうしたら魔法科以外はあまり面白くなくて、というかそれ以前に意味が分からなかったんですよ。まあ、そのときはランキングの仕組みや、なろう小説という世界観も知りませんでしたから当然なんですが。それでも悶々としながら読んでいるうちに、なぜかだんだんと面白くなっていって、友人と語ったり同人誌つくったりしているうちに、あれよあれよと世間からも注目されるような状況になっていました。今現在の印象というのであれば、本とは似て非なる新しい創作の場、という感じでしょうか。

 

──これからのWeb小説はどうなっていくと思いますか。

 

入江:ひとまず今の段階で、Web小説はだいぶ良い発展をしたと思います。昔、それこそインターネットが本当に原っぱだったころは、たとえば砂遊びをしたいと思ったら岩を砕いて砂を作るところから始めなければならなかったですし、出来上がった創作物を見てもらうのにも相当な苦労が必要だった。それが『砂場作ったよ』とか『みんなが作品を見やすいようにしたよ』という人たちのおかげで、砂遊びの才能はあるけど岩を砕く力は無いという人や、単純にそこまでコストをさけなかった人たちが、巨大バケツを振り回して城を作ったり。思いも寄らない砂の使い方で傑作を作りだしている。これが現在のWeb小説界隈だと思います。これからしばらくの間Web小説はこういった『取りこぼされてきた創作』を拾い上げて大いに発展していくでしょう。ただ現状では、それらの発達を支える『場』に限界がきていて、次への成長が滞っているように感じます。これはクリエーター側でどうこうできることではないので、編集さんや企業にがんばって欲しいなと思っています。『なろう』が砂場だとして、たとえば野球場やレース場を作るのでも構わない。もっと言えばそれら全部がある総合テーマパークを作る。そういった『創作』が受け入れられる時期だと思います。

 

──エンターテインメントとしてのさらに先ということでしょうか。

 

入江:やってること自体は、それこそたき火囲んで神話を語ってた頃とあまり変わってないとおもいますよ。、語りがうまい人もいれば、集会場作る人やたき火あつめてくる人もいる。それでもジワジワと前へ進んでいって、ある日がらりとすべてが変わってしまったりする。それこそ印刷が発明されて小説が生まれたり、フィルムが出来て映画が撮られるようになったように、Webは新たな創作媒体になっていくのでしょう。願わくば、僕も僕自身とその新しい場所を融合させて新たな創作物を作り出せたらなと思います。

 

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[入江君人]

2009年、第21回ファンタジア大賞で大賞を受賞した『神さまのいない日曜日』でデビュー。同作はその後、TVアニメとなったほか、角川文庫でも刊行された。近刊は、『王女コクランと願いの悪魔』(富士見L文庫)。こちらも版を重ねながら2巻まで刊行中。

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